写真紹介-11「国立駅南口―人々が見上げる先に―」 1975(昭和50)年5月頃

 国立市広報担当から当館に移管された写真資料の中からピックアップしてのご紹介。このたびは下の2枚の写真を取り上げてみました[1]当館所蔵写真に表示のある「ファイル№」とは、営利を目的としない写真の利用に供するため、くにたち郷土文化館に保存されている電子データのファイル番号を表示したものです。

 

 掲載したこれらの写真は、昭和50(1975)年6月5日発行の『市報くにたち』第290号の8頁に掲載されたものです。
 その「つばめ」と題した記事では、国立駅舎の軒の庇につくられたツバメの巣を発見した際の心情を、「こんなところにも自然があったのか。初夏の風物詩を雑踏の中に見つけてなぜかホッとした。」と表現しています。

 国立市ボランティアセンターが発行した『くにたちカルタ』には、小杉さんによる次の1句が収録されています。

「はるばると 今年も飛び来る ツバメたち」[2]句:小杉疾風(国立市立国立第四小学校4年生・発行当時)、絵:大西優心(国立音楽大学附属 中学高等学校 中学2年:発行当時)『くにたちカルタ』(社会福祉法人 国立市社会福祉協議会 国立市ボランティアセンター 平成23年12月26日初版発行)。

 このカルタには、国立駅に巣をつくるツバメたちが、市民や駅を利用する人たちにとって、大きな喜びとなっていたことが示されています。

 また、国立市都市整備部国立駅周辺整備課より本年1月に発行された『旧国立駅舎の思い出』[3]国立市HP:『旧国立駅舎の思い出』が完成しました。
http://www.city.kunitachi.tokyo.jp/machi/town/town1/1496908228518.html
の冊子の中にも、この国立駅舎のツバメの巣にまつわる思い出がいくつか語られています。

 その思い出話の中から、ツバメについて語られているところをみてみると

 「駅舎の天井には燕の巣があり雛がピイピイ鳴いていました。『糞に注意!』の貼り紙があり、地面は所々糞で白っぽくなっていました。 三十年以上も前の国立駅舎の記憶です。」(H・Iさん 8頁掲載)

 「春になるとツバメが駅舎に毎年巣を作っていました。家族で散歩をしながら『今年も来たね』と話しながら巣立っていくのを見送たことが今でも思い出されます。」(ちゃこさん 31頁掲載)

 「春になると沢山のツバメがやってきた三角屋根の駅。」(ひまわりさん 35頁掲載)

 といったように、いずれもそれぞれの国立駅舎にまつわる思い出とリンクして、ツバメについての思い出が語られていて印象的です。
さらに、45頁に掲載されている、ゆかちんさんの思い出ではツバメの巣の作品が添えられて、次のようなツバメにまつわる思い出が語られています。

 「三角屋根の国立駅だった頃は駅に入ってすぐいる存在が毎日の楽しみでした。きっと住みゴコチが良かったのでしょう。風を切るようにサーっと飛んでくる、そう、ツバメです。巣が出来始めるといつかないつかなと楽しみにし、いつの間にか鳴き声と黄色い大きな口を開けて親ツバメを待っている子たちがいるのです。最初の頃はその大きな口を開けてエサをもらう姿。そしてまたいつの間にか親だか子だか分からないくらい大きく成長します。ワクワクしていた巣には誰もいなくなり、また来年かと、一年の中で起るイベントの一つでした。
何気ない毎日にちょっとの楽しみと幸せを与えてくれた、三角屋根の下。いつかまたあの光景が見れるといいなぁと思っています。ツバメが飛び立つ頃には自分も少し成長しているような気がして。
素敵な思い出と温かい気持ちをありがとう。」

 現在、2020年の完成を目指して、旧国立駅舎再築のための事業が進められています。
次の世代においても、赤い三角屋根の駅舎建築と、そこに巣をなすツバメとの思い出が新たに形づくられていったならば、それはきっと素敵なことではないでしょうか。

【中村記】


※脚 注   [ + ]

1. 当館所蔵写真に表示のある「ファイル№」とは、営利を目的としない写真の利用に供するため、くにたち郷土文化館に保存されている電子データのファイル番号を表示したものです。
2. 句:小杉疾風(国立市立国立第四小学校4年生・発行当時)、絵:大西優心(国立音楽大学附属 中学高等学校 中学2年:発行当時)『くにたちカルタ』(社会福祉法人 国立市社会福祉協議会 国立市ボランティアセンター 平成23年12月26日初版発行)。
3. 国立市HP:『旧国立駅舎の思い出』が完成しました。
http://www.city.kunitachi.tokyo.jp/machi/town/town1/1496908228518.html